2017 09123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 11

TOP > スポンサー広告 > title - FUNKY SPACE SICKNESS #22 2月28日 ③TOP > ラジオ > title - FUNKY SPACE SICKNESS #22 2月28日 ③
 スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


カテゴリ【スポンサー広告】 | top↑

+ Comment List +

 FUNKY SPACE SICKNESS #22 2月28日 ③

続きですハート音符




ファンクっていうミュージックがたぶん、愛と希望、命みたいなことを
えー、ラクに考えさせてくれ、そして真剣に考えさせてくれるミュージックだと
ぼくは確信し、選んだんですよ。
だからファンクミュージックというものを、奈良ファンクと題して、
えー、ま、出してきたわけですも。
ま、やっぱりね、あのー、いろんな中で、ま、いろいろとほんと考えますとね、
この堂本剛という人がですね、えー、生きてきた中でね、
ん、このENDLICHERIというプロジェクトは、ま、相当なデカイものですね、
あのー、まったく知らんかった自分に、かなりの回数出会ってますからね。
で、かつ、浄化作業でもあるな、っていう気分でもありますねー、うん。
ま、やっぱり、ぼくが数々の、人々の、えー、
オーダーに答えていく自分っていうのかな、うん。
それが、ぼくの仕事だと思って、ま、やってきてる何年間ですから。

でも、ふと30を手前にして気づいたのはね、
なんか、やっぱほんとの自分じゃないんだな、っていう、
それをできる自分でしかなくて、んー。
結局、それをやるとね、趣味が多いな、あいつ。とか、
んー、いろんなことやるな、あいつ。
みたいなことにしかならない、期待に答えるだけで、んー、
でも、ほんとの自分はいないんですよね、んー、
だから、よりほんとにそのー、ファンの人たちと、
めちゃめちゃ、も、1ミリぐらいの隙間しかないぐらいのところまで近づくためには、
このENDLICHERIというプロジェクトをですね、
えー、ま、なんという云い方をすればいいかなー、
ま、んー、ま、あまり、言葉をつけて云うと、ややこしくなるから、
ま、終了するということですね、んー、
そして終了するということは、なんかあるな、ということですね、んー、ふふふ。
これだけぼくが能天気にしゃべってますから、
えー、ま、でもほんとにねー、あのー、なんていうのかなー、
やっぱあのー、常々、ま、こんな云い方するとちょっと、あのー、
マイクの前やからみたいなかんじになりますが、ま、あのー、なんていうのかな、
ま、ただただ、素直でいたいだけなんですよね、ファンの人に対して、
で、ぼくはラジオでも、このラジオでもいっぱいメールをいただきましたけれども、
剛くんが、好きだと想う人と、結婚して幸せな生活を送ってくれれば私たちも幸せです。
みたいなコメントとか、まぁそうないですよ、オーディエンスの方々からですよ、んー、
とにかく、そのぼくの幸せが私の幸せなんだと云ってくださる方も多くてですね、
なんでこんな温かいんやろ、っていう、
んー、時間を過ごしてるんです、このラジオを通してもね、んー、
だから、ENDLICHERIを終了する、っていうことを、
こんなに能天気に云えているわけです。
この皆さんにいただいている愛情を、
ぼくがムダにするわけは、まったくございませんし、
えー、ムダにすることを考えたこともございませんし、
この愛というものをですね、与えていただいた愛で、
ぼくは返すべきものなんですよね、うん。
だから、ま、あのー、いまヘタしたら、
もう泣きじゃくってる人とかもいると思いますけれども、
泣いたことがムダだったと、んー、思うのが、えー、正解かな、うん。
だからとりあえず、泣くのは止めていいと思いますよ、うん。
泣くだけ損ていうか、んー、ま、あのー、そうですね、
ま、このトーンでしゃべってると、みんながあのー、んふふ、
どんどん、ダークダークに入っていくと思いますけれども、んー、
ま、ほんまにね、なんかあのー、大事な大事な、このENDLICHERIというね、
プロジェクトでワールドでしたけれども、んー、けれどもなんですよね、んー、
まー、でもぼくは、このー、ファンクミュージックというものに出会って
すごく、んー、勇ましくなった部分もありますし、
でもファンクミュージックに出会うことによって、逆になんていうのかな
ブルースとか、ま、ロックとか、でもやっぱりその、堂本剛っていう音楽、
ぼくの音楽、っていうものを、やっぱり作るべきなんですよね、うん。
っていうか、ぼくはメッセージとなるべきであり、
ぼくは、えー、ぼくであるべきだと、うん。

なんか、ENDLICHERIプロジェクトを通して、
奈良に帰る、自分の地元に帰る機会がすごく増えましたね、んー、
で、地元に帰る機会が増えたイコール、
えー、自分が納得できない、変わり果ててしまった自分に出会うことも多かったです。
向こうで写真を撮れば、えー、目はいつも悲しい目をしていました、んー、
ほんとのぼくはここにいるんだよ、
っていうことをレンズに向かって訴えるような目で、
写真を勝手に撮ってましたね、んー、
それをまた自分で見るのが悲しくて、辛くて、悔しくて、
でも、たぶんぼくは、その悲しい目をしている、
ぼくに、会いに行かなければいけないな、
という気も、したんですよね、それが一番強かったんです
ENDLICHERIというプロジェクトを の中では、
その悲しい目をした自分に会いに行くことは、たぶんできないですね、うん
そんなことよりも、もっとはるか上の次元で、
えー、ぼくは、えー、くう(空?)となってというか、
求めているよりも、求めていないみたいな、うん
それくらいのレベルで、なにかをこう、生きていくことが絶対的に必要だと想ったんです
で、そこで、生きていくことができればですよ、絶対的な愛を、最愛とかよりもはるかに
絶対的な愛を、オーディエンスの人たちと手に入れることができるんじゃないかなー
という大きな自信を持ち、終わるんです、今日、んー。

ま、ほんとにいろんな想い出があるこの時間なんですけどもね、うん、
想い出というものは、あのー、なんていうんですかね、縋るのもぼく大嫌いなんで、うん。
縋るイコール、もう終わりを認めてるみたいなことなんですよね、
なんか終わりって、始まりなんですよ、僕ん中で、んー、
だから、結局終わることがないんですね、んー、
だからとにかくそのー、ま、始まりに向けて必要な終わり、っていうのがあるんです、んー、
だからその終わらなければ、ま、終わらないんですけれども、始まらないんですよね、んー、
だから以前皆さんにも云いましたけれどもね、
その過去とか未来とか現在という、お話をいろいろとしましたけれども
ぼくがたしかな、えー、未来に進むために、いまを生きる、過去に感謝をして
っていう話をしましたけれども、過去に感謝をし、たしかな未来を見たから
このいまを生きているんですねー、んー、
この終わるといういまを生きてるんですね、たしかな未来を見たから
そして過去にも感謝をしたいから、いろんなこと、いまぼくが云ってる言葉が
なーるほどー、ってわかるときがきます、んー、
ま、ひとまず、曲を聴いていただこうかなー、ということでね、
えー、じゃ、えー、堂本剛 ENDLICHERI☆ENDLICHERI ワールドからですね、
『これだけの日を跨いで来たのだから』をどうぞ



『これだけの日を跨いで来たのだから』



続きますハート音符



カテゴリ【ラジオ】 | コメント(0) | top↑

+ Comment List +

<<FUNKY SPACE SICKNESS #22 2月28日 ④ | ホーム | FUNKY SPACE SICKNESS #22 2月28日 ②>>















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。